青春時代に心をえぐられた映画 『リリィ・シュシュのすべて』 を思い起こす
大人となり、社会人としてある程度安定した今、あえて、不安定な青春時代に触れて心のひだにこびりついて記憶に残っている映画を、思い起こしてみた。
まず、思いつくのはこれ
『リリィ・シュシュのすべて』
[監督] 岩井俊二 [出演] 市原隼人、蒼井優 他 2001年
こんなにも、空の色に透明感を表出した作品は他にない。ただの晴れ渡った青ではない、閉塞的で陰鬱な心象風景を表出した鈍色の青、大人になった俺にはもう見ることができない青。
この作品は、10代の頃のどうしようもない渦を巻いている感情を、吐き出せずに内側で循環させ続け苦しむ彼らに、分かりやすい救いなどは与えず、正面から抒情的に描き出す。
中盤の、ホームビデオで撮影したような沖縄の旅、決して短くはないそのシーンの意味を考えてみた。
生と死の混在、自然の摂理、不条理さ
星野(忍成修吾)がそれらに触れたことで自己を含めた社会の卑小さを認識し、自棄的な後半の行為へと駆り立てられた動機の表明だろうか。
ドビュッシーの空を突き抜けるような幻想的な曲をバッグに表現されるこの物語は、大人になった今見ても、おそらくあの頃のように感情は揺さぶられない。
だけど、押しつぶされそうな10代の頃に見たあの空の「青」は、時々心の隅から顔を出し、懐かしい寂寥感に浸らせてくれる。
自分にとっては、そんな作品。
ブログ始めました! ・・とか言ってみる。
「ぶろぐ」
この言葉から連想するものは、きらびやかな毎日を送る幸せな人達が、「朝食べたもの」「テレビで笑ったこと」「人に言われてちょっと傷ついたこと」などの微笑ましい日常を綴る
せきららなぼくの日常日記
というやつだ・・・
・・
・・そんなまぶしいものはオレには書けない・・
・・だけど、内に押し込め続けてくすぶり続けている情念を吐き出したい!
ということで、書評をします。・・・・なんでだよ
いや、書評というと偉そうなので、本とか映画とか音楽とか、日常で触れたものの感想を書いていきます。
人の記憶力とは心もとないものです。感銘を受けたものでもそのままにしておけば、やがて感動は薄れ、両手ですくい上げた砂粒のように、記憶の隙間から忘却の谷へと流れ出していきます。
その中からきらりと光る一粒を見失わないように、大切にすくいあげるように、ボクは作品に対する思いの丈を綴るのです。
気持ちの悪い心情吐露から始まりましたが、もうひとつ、
「ブログ」という開けた媒体を利用し、不特定多数の目を意識したアウトプットをすることで、記憶の定着、更なる深いインプットをする
という目的があります。
ですので、見る者がなくとも書き続けます。はい、泣きません。
有限の時間の中で、どれくらいの作品と出会えるのだろうか。少しでも多くの良作と出会いたい、そんなことを思いながらあいむすりーぴんぐなう。
どうぞよろしく