女性火葬技師の奮闘記 『SMOKE GETS IN YOUR EYES』

 現代人は「死」を忌み嫌い、自分たちの「生」からできるだけ遠ざけようとする。

   汚いものを見ないように、死から目をそらすように

 

 医療技術の発達に伴って現代人は、できるだけ長く生を繋ぎ止めようと必死になって、健康寿命を越えて認知症などの「生の綻び」が出てきてもなお、少しでも長く生きようと延命措置を取る。

 

 最近でこそ死を見据えて生きるという「終活」なる言葉が出てきたが、いつかは終わる命。「死」を見つめてこそ今の「生」が充実するということで、その気づきを得るために手に取りたいのがこの本、

 

    『SMOKE GETS IN YOUR EYES(邦題:煙が目にしみる)

                   ケイトリン・ドーティ 国書刊行会 2016

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 なぜかセクシーグラドルの「壇蜜」が帯に推薦コメントを寄せているが、「性」という生きることの本質が「死」と切り離せないこと、エロスとタナトス(死の本能)が不可分であることを示唆しているのかもしれない。。

 

 内容は、「葬儀社の火葬技師」という珍しい仕事を選んだロサンゼルス在中の23歳の女性が、葬儀社で務めた時の経験を、軽快でユーモラスに綴ったもの。

 

 悲しむ者に見送られるもの、身寄りがなく孤独死したもの、ゲイやホームレスなど、様々な境遇の死体を葬儀社が処理する。

 それぞれの人生に物語があり、その最後を演出するのが葬儀社の仕事。

 死体は生きる者の目から見ればひどくおぞましい。

 死体を自然に任せれば、

  ガスで膨れ上がり、皮膚はところどころに裂け目が出来て、体液が溢れだし、形が崩れ始め、青黒く変色し、蛆がわいて食い荒らされ、バラバラになり、やがて骨になって土に還る。

 この流れを仏教では「九想観」といい、順に、

  「脹相(ちょうそう)」「壊相(えそう」「血塗相(けちずそう)」「膿爛相(

  のうらんそう)」「青瘀相(しょうおそう)」「噉相(たんそう)」「散相(さ

  んそう」「骨相(こつそう)」「焼相(しょうそう)」

といって、その無常観をあるがままに受け入れていくという観念。

 しかし、現代人はそこまで悟れはしまい。

 できるだけ死の現実と向き合わないように、エンバーミング(防腐処置)を施し、不自然な死化粧をし、純白な死装束をつけて、生前の姿を再現しようとする。

 なにもそれは悪いことではない。潔癖な現代人がたどり着いた終焉の境地。

 しかし、それが単一的に形式化し、故人の意向を無視してしまえば、本当の意味での弔いにはならない。

 

 著者が作中で「火葬元年」と言及したように、1963年にローマ教皇パウロ6世がカトリック教会法の定めを覆し、火葬を認めるようになるまでは、欧米では土葬が当たり前であった。

 

 葬儀社に全てを任せ、高額な費用を支払い、不自然に飾り立てて火葬をする。

 それは時に故人の尊厳を奪ってしまうことになるかもしれない。

 

 葬儀社で働き、そんな違和感を覚えた著者は、

   土葬、火葬、直葬、自然葬など、複数の方法を提案し、故人の意向に沿った本当の意味での弔いを可能とする葬儀社を設立したいと考える。

 最初の葬儀社をやめて葬儀学校に通い葬儀ディレクターの資格を取り、複数の葬儀社に勤務した後に

   2015年に自身の会社<Undertaking LA>を設立した。

 

 そんな著者は、自身のブログ

    <The Order of the Good Death

で多彩な葬儀方法や、死に関する情報を提供し、さらには

    <Ask A Mortician>(葬儀屋さんに聞け)

というチャンネル名で、youtubeに関連動画をあげている。

 

 文章からもユーモラスな個性が読み取れるが、動画を見るとさらに、独特の不気味で強烈なオーラが感じ取れる 笑

 

 これからも、できるだけ死を遠ざけようとする現代人に、ラテン語

    メメント・モリ(死を想え)

ではないけれども、

 死ぬことを考えることは、よりよく生きることに繋がる

という気づきを与え続けていって欲しい、本作を読んでそのように思いました。