国家の危機意識の低さに警鐘を鳴らす小説 村上龍 『半島を出よ』

 社会に対する問題意識とか、生存理由の希求とか、何か飢えを感じると村上龍の小説を読みたくなる。

 

 村上龍 『半島を出よ』上・下 幻冬舎文庫 2005

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 簡単なあらすじは

 

   福岡が北朝鮮に侵略され、国家の危機管理体制の低さや法整備の不備により政

  府は具体的な行動を取れず、ついには福岡を見捨て、切り捨ててしまう。

   対米従属の奴隷的な国家が何もできない中、アウトローの集団が立ち上がり、

  福岡奪還、北朝鮮軍壊滅に向けて立ち上がる

 

というようなもの。

 

 ページを開くとまず、登場人物や関係機関の小難しい名称が羅列されており、読むのに体力を使いそうだと危惧したが、読んでみると意外にスラスラ読めた。

 北朝鮮の兵隊にしても、日本のティーンネイジャーの犯罪集団にしても、思想と行動が極端にぶっとんでおり退屈しなかったのがその理由。

 福岡を占領した北朝鮮軍を打ち崩したのは、同盟国であるアメリカでも日本政府でもなく、

    奴隷とは対極の狩猟民のような生き方をする主人公たち

 村上龍の長編小説は、反骨精神や敵愾心、現状を打破しなければという焦燥のようなものを掻き立てられ刺激を受ける。

 著者は実際に、北朝鮮脱北者10数人から取材したというが、北朝鮮の国家体制、民心、風土についても垣間見えて面白い。

 著者の作品に対するストイックな姿勢は敬服に値する。

 しかし、徹底した取材や文献の漁読による、政治、軍事、重火器、危険生物など、各専門的な情報量・固有名詞があまりに多く詰め込まれており、咀嚼しきれず物語の消化不良を起こすという側面も否めない。

『THE WORLD IS MINE』 2巻

 2巻目に突入

  

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 表紙の女は、1巻で登場し、2巻目ではトシモンに加わろうとする女性、マリアちゃん。

 

 帯のコメントの一人は小説家 阿部和重

 これは、壮絶なまでに徹底した描写の追求によって「世界」の連続性を

描き出す、きわめて倫理的な作品である。

 

 ――テロ事件の犯人として身柄を捕らわれている爆破犯「トシ」を救出するため、

  警察署に対する大規模テロを敢行した超人「モン」。

   多くの警察官を殺しながらの救出劇は成功を遂げ、トシモン2人の逃避行から

  再開する、『TWIM』第2巻。

   寒さと疲労から意識を手放そうとするトシを背負い、青森県山中を進むモンで

  あったが、とうとう、神が生み出した悪魔の片割れ、体調12メートルの怪物

     ヒグマドン

  と邂逅する。

   圧倒的な存在を前に、トシはそれまで知らなかった「畏敬の念」を喚起され、

  自分を超越した暴力に初めて対峙したことで「痛み」を知り、それ以降人を殺す

  ことが出来なくなる。

   それまで依存してきた絶対的な存在が、良心や想像力という俗な観念に影響さ

  れ始めていることに不安と憤りを感じるトシであったが、既に引き返すことはで

  きない。

   自分を肯定するために、ネットに「殺人代行」のホームページを立ち上げ、世

  の中の悪意を浮き彫りにし、良心不在の社会を再確認する。

 

    ―ここで、爆破犯トシの母親に視点が変わり、極普通の主婦が息子の犯行を

     知り、世間に非難され、発狂し、自殺に至るまでのエピソードが挿入され

     る。

    ・・・この話が、またエグイ笑。

   「うちの子にかぎって」という信頼が、犯人顔写真のニュース報道により疑念

  に変わり、警察署に出頭させられ、証拠を提示されることで息子が大量殺人犯だ

  という事実を突き付けられる。

   事実を受け入れられずに、やがて発狂に至るまでの描写が、読んでいてただた

  だ苦しい。

   だがこのエピソードが、犯人側の家族を自殺に追いやる世間やメディアを描く

  ことで、一方だけの視点ではない、両方の立場に立つ想像力を掻き立てるという

  作用を生じさせることに成功している。

 

  話は戻り、世間では「殺人代行」のホームページに大量の殺人依頼が殺到したこ

 とが社会的問題となり、緊急番組が開かれる。

  そこに、1巻で登場したユニークなオッサン総理、由利勘平が再び登場し、テロ

 リズムに扇動される視聴者に対し

    想像力の欠如

 を問題提起する。

  話の内容こそ「想像力を持て」という普遍的なものだが、

   中指をカメラに向かって突き立て、死体の入った棺桶を蹴り上げる

 というクレイジーな方法が視聴者の関心を掻き立てる。

   想像力のない馬鹿どもは死刑だ

 というメッセージを受け取ったトシの

   神のみぞ知る、試そやないか

 のつぶやきで幕を閉じる第2巻。

 

  物語の展開は怒涛の1巻に比べて失速するが、個性的な登場人物も多く、相変わ

 らずの面白さ。

   仲間に加わろうとする女性マリアの存在もあり、今後どう物語が進展していくの

 か、わくわくである。

 

 

ウラジーミル・ナボコフ 『ロリータ』

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 「ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂。ロ・リー・タ。舌の先が口蓋を三歩下がって、三歩めにそっと歯を叩く。ロ。リー。タ。」

 

 こんな軽妙な書き出しから始まるアメリカの古典文学。

 展開が次々と切り替わっていく疾走感のある物語ながらも、洒脱さ溢れるモノローグによって妙味を加えられた、飽きさせない小説。

 俗間に氾濫するロリコンなる、少女の幼さを性的に愛してやまない紳士に付される称号の由来となった小説でもある。

 日の出を見るまでに紆余曲折のあった、花咲く前の蕾に宿る妖精的魔力に魅せられた中年男の、破滅に至る物語。

 

―歪んだ性癖をお持ちのお兄さん方、

          この小説を読んで、

      ロリコンにとりつかれた男の哀愁溢れる末路を心に焼き付けましょう―

女性火葬技師の奮闘記 『SMOKE GETS IN YOUR EYES』

 現代人は「死」を忌み嫌い、自分たちの「生」からできるだけ遠ざけようとする。

   汚いものを見ないように、死から目をそらすように

 

 医療技術の発達に伴って現代人は、できるだけ長く生を繋ぎ止めようと必死になって、健康寿命を越えて認知症などの「生の綻び」が出てきてもなお、少しでも長く生きようと延命措置を取る。

 

 最近でこそ死を見据えて生きるという「終活」なる言葉が出てきたが、いつかは終わる命。「死」を見つめてこそ今の「生」が充実するということで、その気づきを得るために手に取りたいのがこの本、

 

    『SMOKE GETS IN YOUR EYES(邦題:煙が目にしみる)

                   ケイトリン・ドーティ 国書刊行会 2016

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 なぜかセクシーグラドルの「壇蜜」が帯に推薦コメントを寄せているが、「性」という生きることの本質が「死」と切り離せないこと、エロスとタナトス(死の本能)が不可分であることを示唆しているのかもしれない。。

 

 内容は、「葬儀社の火葬技師」という珍しい仕事を選んだロサンゼルス在中の23歳の女性が、葬儀社で務めた時の経験を、軽快でユーモラスに綴ったもの。

 

 悲しむ者に見送られるもの、身寄りがなく孤独死したもの、ゲイやホームレスなど、様々な境遇の死体を葬儀社が処理する。

 それぞれの人生に物語があり、その最後を演出するのが葬儀社の仕事。

 死体は生きる者の目から見ればひどくおぞましい。

 死体を自然に任せれば、

  ガスで膨れ上がり、皮膚はところどころに裂け目が出来て、体液が溢れだし、形が崩れ始め、青黒く変色し、蛆がわいて食い荒らされ、バラバラになり、やがて骨になって土に還る。

 この流れを仏教では「九想観」といい、順に、

  「脹相(ちょうそう)」「壊相(えそう」「血塗相(けちずそう)」「膿爛相(

  のうらんそう)」「青瘀相(しょうおそう)」「噉相(たんそう)」「散相(さ

  んそう」「骨相(こつそう)」「焼相(しょうそう)」

といって、その無常観をあるがままに受け入れていくという観念。

 しかし、現代人はそこまで悟れはしまい。

 できるだけ死の現実と向き合わないように、エンバーミング(防腐処置)を施し、不自然な死化粧をし、純白な死装束をつけて、生前の姿を再現しようとする。

 なにもそれは悪いことではない。潔癖な現代人がたどり着いた終焉の境地。

 しかし、それが単一的に形式化し、故人の意向を無視してしまえば、本当の意味での弔いにはならない。

 

 著者が作中で「火葬元年」と言及したように、1963年にローマ教皇パウロ6世がカトリック教会法の定めを覆し、火葬を認めるようになるまでは、欧米では土葬が当たり前であった。

 

 葬儀社に全てを任せ、高額な費用を支払い、不自然に飾り立てて火葬をする。

 それは時に故人の尊厳を奪ってしまうことになるかもしれない。

 

 葬儀社で働き、そんな違和感を覚えた著者は、

   土葬、火葬、直葬、自然葬など、複数の方法を提案し、故人の意向に沿った本当の意味での弔いを可能とする葬儀社を設立したいと考える。

 最初の葬儀社をやめて葬儀学校に通い葬儀ディレクターの資格を取り、複数の葬儀社に勤務した後に

   2015年に自身の会社<Undertaking LA>を設立した。

 

 そんな著者は、自身のブログ

    <The Order of the Good Death

で多彩な葬儀方法や、死に関する情報を提供し、さらには

    <Ask A Mortician>(葬儀屋さんに聞け)

というチャンネル名で、youtubeに関連動画をあげている。

 

 文章からもユーモラスな個性が読み取れるが、動画を見るとさらに、独特の不気味で強烈なオーラが感じ取れる 笑

 

 これからも、できるだけ死を遠ざけようとする現代人に、ラテン語

    メメント・モリ(死を想え)

ではないけれども、

 死ぬことを考えることは、よりよく生きることに繋がる

という気づきを与え続けていって欲しい、本作を読んでそのように思いました。

 

 

   

にわかラップファンが見る 『STRAIGHT OUTTA COMPTON』

 ネット放送「Abematv」の「フリースタイルダンジョン」を始め、昨今はパンピーにまで浸透し始めている

   ラップブーム!

 ミーハーの俺は、さっそくそのルーツを探るべく、ギャングスタラップの黎明期を作り出したカリフォルニア州コンプトン発の活かしたこいつら

  『N.W.A』

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 に焦点を当てた映画

  『STRAIGHT OUTTA COMPTON』 2016

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を鑑賞してみた。

 

 ラップはそもそも、征服民族であるマジョリティの白人が敷いた政治体制に弾圧され続けた黒人が、その抑圧された感情を吐き出した

   マイノリティの叫び

がルーツである。

 そしてその叫びを文化までにのし上げた、ギャングスタラップのパイオニア『N.W.A」というグループ。

 メンバーである

   ICE CUBE MC REN EAZY E YELLA DR.DRE

の5人、にわかでもDR.DREの名前は聞いたことがあるし、

 作中に出てくる良く聞く名前のラッパー

   SNOOPDOG2-PAC

 更には最後のインタビューシーンで、「このグループが居なければ今の自分はいない」とまで言った、あまりにも有名な

   Eminem

など、その後のラップ文化に与えた影響は計り知れない。

 

 そんな偉大なグループが世界を沸かせるまでのストーリーを追った本作。

 彼らの楽曲をBGMに描かれるその物語が、面白くないわけがない!

 

 映画を見た後に彼らのベストアルバムを購入して聞き込み、

    Fu○k The Police

と叫びながら街に繰り出してみよう..

 ..数分後にはきっと、通報を受けて駆け付けたお巡りさんの職務質問にあっていることだろう。Good Luck!

 ..とまではいかないまでも、この表層的な平和にどっぷりつかり、体制に抗うという精神を忘れた  去勢された犬  のような僕でも、

 大切なものを見失わないように、彼らが世界を変えた 

    反骨精神 

というものは、いつまでも忘れずに持ち合わせていたい。

  

 

 

 

桜庭一樹 『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』

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 実社会にコミットするため、生活に即した「実弾」を打ち続ける主人公の女の子。

 そんな主人公がある日出会った海野藻屑(うみのもくず)という女の子は、実弾が手元に無く、空想でできた砂糖菓子の弾丸をひたすらに打ち続ける。

 その弾はしかし、社会の歪な壁を打ち崩すだけの力を得ず、跳弾したお菓子の弾は、崩れて溶け堕ち、泡となって消える。

 読了後の余韻は痛切でいて、鉛色の海に、青空の青が少しだけ溶けだしたような不思議な感覚。

本物だなぁと思った漫画 『THE WORLD IS MINE』 新井英樹

 漫画にもいろんなジャンルがあるが、

   社会とか人間の本質を描いた、魂に響く漫画

というものがある。

 

 俺の中ではこれ、

   『THE WORLD IS MINE』 新井英樹 

                       エンターブレイン 2006 

 辞典ほどの分厚さで、全5巻という大ボリューム

 何年も前に一度読んで衝撃を受け、記憶が薄れてしまったので再読してみた。

 

 まず1巻

  

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 この漫画、各界の著名人も絶賛しており、各巻の帯にはコメントが付されている。

 1巻の帯の内容

  

  伊坂幸太郎

   「残酷さに震えてしまう。90年代に生まれた、素晴らしい文学の一つだと思

    います。」

  【くるり岸田繁

   「ワールド・イズ・マインを知らない子供達へ。世界の残酷さの裏側を覗いて

    みろ。「世界」という文字が透けてみえるような、素敵な場所がある。

 ...岸田繁のコメントがすてき...

 

 1巻を読み終え、1巻でここまでストーリーが進んだっけというくらい、怒涛の展開。

 以下、ごく簡単なあらすじ。

 ー世界に愛された、法やモラルを超越している超自然人の主人公「モンちゃん」

 ネットで他者と繋がろうとし、爆弾の作り方を検索しちゃうような、今の時代にはどこにでもいそうな、だけど、ちょっとヤバめなオタクの「トシ」

 この2人が出会うことで、表層的な平和を生きる社会に「テロリズム」がもたらされる。

 さらに、隕石の落下の影響で北海道の南端に「ヒグマドン」なるヒグマの怪獣が現れ、ゴジラさながら海を渡って本州に上陸し、ひたすら暴れまわる

 この、モンちゃんとヒグマドンという最凶の「天災」と、爆弾魔となる「トシ」を生み出した社会の「人災」が、最悪な科学反応を起こし、平和な日常というやつをぶち壊していくー

 

   突き詰めるようなリアルとカオスな破壊劇の混在

 この物語はテロ実行犯の2人の視点を中心に語られるが、著者の取材による情報量が豊富で、警察組織、政治家、テロに巻き込まれるそれぞれの人間達が、それぞれの正義をもとに動く状況が

 多面的に、本質を突くように、それでいて冷静な視点に立って

描かれる。

 それがこの漫画をただの娯楽作品ではない、読者に思考を喚起させる「文学」に押し上げている。

 序盤から早くも

    殺して、犯して、爆破して、と無差別な犯罪が繰り広げられる

漫画だが、著者が巻頭インタビューでこの作品を「道徳の教科書」のつもりで描いたと言うように

    社会の作り出した悪を徹底的に描くことで、人間の本質を浮き彫りにする

反面教材的な側面が強い

    深いテーマ性を帯びた娯楽作品

となっているように感じる。

 

 トシの、「命の値段」とか「世界平和」とかいう青臭い問題提起に対し

   「命にはハナから価値は無く、世界平和というユートピアなど存在し得ない」

とザクリと記者会見で言っちゃうような、ユニークな総理大臣「由利勘平」など、この漫画はキャラが立っていて、飽きることがない。

 

 これから物語がどう進んでいくか、薄れた記憶を辿りながら、ゆっくり咀嚼して読んでいこう。